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2009年11月

ホントの暗闇とは

 歳のせいもあってか寒さが身にしみろ今日このごろ。
いろいろあって疲れが出たのか気力がおちている。そんなときに考えることはとかく暗いことばかりになってしまう。

ここを訪れてくださる皆さんはホントの暗闇をご存知だろうか。精神的なものではなく物理的な真っ暗闇の世界のことだ。私はそうした状態になるまで真の闇を知りませんでした。深い山の中で星の明かりもない闇の世界。その程度の闇の世界。それを真の闇だと思っていました。

その程度の闇でも自分の手先が見えずしばし周りの闇になれるまで動くことができません。そして周りの音があり風のそよぎが自分の存在を教えてくれるのです。そうした状況におかれたとき眼の見えない人はこんな感じなんだろうなあと思っていました。たんに目をつぶったよりも確かに心許ない世界ではありますが。そんなモノじゃあないのです。

その時は仕事先で訪れました。慶応大学のある東横線の日吉駅地下。併設する東急百貨店の地下の電気開閉器室のさらにおく、電話回線のMDF室内でのことでした。その日はデパートは定休日で大きな空間がほとんどというよりだれもいない場所になっていました。まして通常でも人のいない地下のMDF室。私は屋上の基地局用の回線を探してそのなかに一人でおりました。

外から人の足音がしてきました。警備員の巡回だなと思って特に気にしていませんでした。足音が遠ざかり開閉器室の向こうの扉が閉まる音がした刹那。全く予期せぬ状況の中でその時は来たのです。

いきなり世界が無くなりました。めまいがして自分がまっすぐ立っているのかどうかも分かりません。上下左右の感覚がつかめないのです。身体を硬直させ足を踏ん張って倒れないように必死になりました。なんとか立ってはいられたようです。ゆっくりとしゃがみ込み床を確かめました。ところが自分が壁を触っているのか床を触っているかも確信が持てない状況だったのです。

全く予期していなかったために電気を消されて真っ暗闇になったことを理解するまでパニックに陥っていたように思います。はっきり言って声も出ないのです。警備員が近くにいるうちに呼べば気が付いてもらえたかもしれません。しかし2枚の鉄の扉の向こうで叫ぼうと思ったときには足音は全く聞こえなくなっていました。言いしれぬ恐怖感がわき上がります。まして始めて来た場所です。周りの様子も把握できていません。

自分の手先をなんとか見てみようと目を凝らし、自分の手を眼に近づけていきました。きょりかんがまったくありません。間近まで近づけた指が目玉に触って「あ痛」と叫んでしまいました。真の闇の中では自分の手でさえ眼からの距離を間違うのです。

もうしょうがない、このまま待っていてもだれも来てくれそうにない。なにしろ警備が誰もいないと思って電気を消していったのだから。そこで迷路を抜ける確実な方法を思い出した。片手を壁にあて、その手を決して壁から離さず前にのみ進む。そうするとそこが迷路でも確実に出口に向かえる。そんなことを思い出し実行した。壁はコンクリート扉は鉄、感触ですぐ分かるはずです。

その真っ暗闇の中で私は始めてはっきり重力を意識した。そして壁から反射する自分jの息使いの音。いつもの自分がいかに眼に頼っているかを思い知らされた。目が見えないって事はこれほどのことだったのかと。あらためて思い知らされた。想像していた世界とは天と地ほどもちがうものだった。いかに自分が分かったような気になっていただけであったことを思い知らされたのだ。

やっと2枚の扉を開けて非常灯のともる廊下に出た。なんと明るいこと。不思議な歓びの気持ちを持った。

目が見えるという当たり前のことにあらためて安堵の気持ちの中に感謝の気持ちがわいてきた。

この経験によって当たり前のことを自分は本当には理解していないことを思い知らされた。物事についてホントに知るということは大変なことなのだと。ひとのくるしみもよろこびも、また悲しみも分かった気になっているだけの自分に気を付けなければと思ったのだ。

これも自由と関係あることだと思う。この経験から単なる自分の経験からのみ思いこみで物事に捕らわれてしまうこと。よくあることだがそうしたことに捕らわれないように少しはなれただろうか。

また小さな事の中にも大きな歓びを持てるようになったかもしれない。これもその一つだろう。もう12月も目の前なのにトマトが収穫できた。食べてみたら酸味が無くて甘かった。
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11月のトマト

ベランダ栽培のトマトがおもしろい。

台風に翻弄され、傷んだトマトの木をそのままにしていた。私は始めてトマトを栽培してみたのだが。

じつにおもしろい。

8月から9月にかけてトマトの木は枯れだしていた。ところが10月にはいると脇目がたくさん出てきて勝手に伸び始めた。それだけでなく花が咲き実がなりだしたのだ。

今年は8月の時期一気に枝を伸ばしたと思ったらピタッと成長が止まる時期があった。トマトだけではない。同時に育てていたゴウヤも同じだった。さすがにゴウヤはもう成長しないがトマトの方は息を吹き返したような感じだ。

始めてのことなのでこれがどういう意味があるのか分からない。取りあえず肥料を与えて様子を見てみようと思う。トマトの生命力は相当のものがあるようだ。台風の風で脇目が一本生え際でぐるぐるまわるようになった。さきっぽの葉はしおれていたが、そのままにしておいたらそこがふくらんで固まり元のように元気を取り戻した。咲いた花は結実しそうである。驚きだ。Simgp1231
その後の成長はこんな具合だ。Simgp1233
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果たして赤くなるまで成長を続けるかどうか見守っていこう。

ところでドームの方だがいろいろ思案中である。実用性と経済性。特にアトリエ的なまた癒しの場所としての利用等よく考えて建てようと考えている。

できれば建築申請なしに建てられるよう土台なしの打ち込み建築法を用いようか。これは鶏小屋、肥料置き場などの畑の中の建物に多い方法だが。可能であるかはまだ分からない。なんにしても今の時代公の言われるままにしていたら尻の毛まで抜かれそうだ。私の年金など約束の年収8割から年19万円也になってしまった。月収ではないのですよ。年収ですから驚きだ。この国の将来がホントに心配。

役所が個人資産を横領するようになってはおしまいです。だからといって何もできないようではおもしろくないでしょう。やはり自分の自由を守ること。お金が無くとも戦時下でも自由を守り抜くことが肝要です。

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